佐々木邦明委員長所信


2024年11月15日(第70回土木計画学研究発表会(岡山大学 津島キャンパス))

このたび土木計画学研究委員会の委員長を拝命いたしました,早稲田大学の佐々木邦明です。誠に僭越(せんえつ)ながら委員長拝命の栄誉に賜われましたのは、ひとえに,これまですばらしい環境と機会を用意してくださり、能力以上に私を引き上げてくださった,ご指導いただいた先生方や学生,さらにはサポートしてくれた皆様の存在あってのものだと感じております。今後はこれまで受けた恩に報いるべく、お世話になった皆さまや,後に続く人たちによりよい環境や機会を提供できるようになっていきたいと考えております.

本日,このような機会をいただきましたので,土木計画学研究委員会委員長を務めるにあたりまして,所信としての私見を述べさせていただきたいと思います.

まずは簡単に自己紹介をさせていただきますと,私は,これまで主に行動モデルを用いたシミュレーション等を通じて,交通計画や,都市計画にかかわる「研究」をしてまいりました. また研究・教育経歴として,京都大学大学院修了後,名古屋大学に7年,山梨大学に20年在職し,6年前より早稲田大学に奉職しております. 1966年の土木計画学研究委員会設立後生まれの初の委員長かと存じます.

 

・土木計画学研究発表会に学んだことと,若い人をエンカレッジする学会とは

私が,曲がりなりにも研究者・教育者さらには,それに基づいて実際の計画などにかかわってきたモチベーションに,この土木計画学研究発表会が非常に大きな位置を占めておりました.もちろん研究を発表するということが,そもそもどんな意味を持つのかが当初はわかっておりませんでした.研究など一人でやっていればいい.とも思っておりました.しかし,申し上げるまでもなく,研究発表は他の研究にかかわる人たちとのコミュニケーションであり,自分の立ち位置を知るためにも非常に重要な役割をしていたと思います.それは,土木計画学であるからこそ,社会・人類の幸福増進のために貢献することが必要である.ということと,自分の興味関心が一致しているのかを確認するということにもつながっていました.そのために,この研究発表の場をより活発にしていくことが,同じ悩みを持っている人たちに役に立つであろうし,自身の研究の方向性を考える場になると思います.昔を思い返すと,学会では厳しい指摘の中に優しさのある議論は,研究をちゃんとしていない私には,刺激を与えてくれる場であり,学会から帰るたびに,これからはきちんと研究をしよう.と思わせてくれたことを記憶しております.今の自分はそのような刺激を周囲に与えられているのか,自信がありません.その意味で,所信の一つとして研究発表会を,特に若い学生や研究者のみなさんに,より意味のあるものにしていけたらと考えております.そのような取り組みは,企画セッションの開始など様々ありましたが,そのための方策を継続的に幹事会の皆様と考えていきたいと思います.

 

・地方大学の経験に学ぶ土木計画学の学際性と地方におけるニーズ

もちろん研究発表会以外でもそういったことを学ぶ場は数多くありました.特に山梨大学に在籍して以来,大小さまざまな自治体の計画の,より具体的な内容に携わることがありました.例えば一つのバス路線をどう改善したらいいか,公園の管理をどうしたらよいか.などです.そういった中で数多くの研究の在り方について学ぶことがありました.地域の課題を解決する方法,そうでなくとも解決の方向性や考え方,さらには地域の意思決定の在り方などに対しての貢献が求められてきました.このような時,土木計画学で学んだ知識は大いに役に立つものがたくさんありました.しかし,それは決して自分の研究対象でも研究成果ではありませんでした.としたら,自分の研究とは何か?ということに対して疑問を持つこともありました.自分の研究は誰かの役に立ったことがあるのだろうかと.土木計画学研究委員会50周年シンポジウムのサブタイトルに「理論と実践は車の両輪」とありますが,私の場合,中で車軸がつながっていなかったのです.車をどこに移動したいのか?ということに関係なく車輪が回っているのですから,混乱するのは当然です.としたら道は二つあり,「自分の研究に沿わない実践はしない」と,「実践に沿って研究を行う」ということになります.もちろんよく知らないことに手を出して,悪化させる可能性は高いので,当然知識が無いならば,手を出すべきではないということもわかる一方,地域の課題の解決の多くは,地域社会の改善につながるものであり,土木計画の範疇にあるものです.土木計画学に携わっている方ならば,現実的に困っていることを相談されたら,断れない方が多いと思います.

現在,抱えきれないほどの地域課題が存在します.それに対応できるには一人一人の努力だけでは時間が有限でもあり,カバーしきれないと思います.これまでも繰り返し指摘されていますが,様々な知識を持って様々な課題に取り組んでおられることがこの研究委員会の特徴と思います.もちろん一人一人の個人によって研究は進められ,時間も有限であることからすべてを一人で行うことはできませんが,この研究委員会の場においてそのような課題にこたえることの難しさについての体験を共有することができるならば,一人の能力の限界を超えた解決策のヒントが共有されるものと思います.その意味で,所信の2つ目として,土木計画学にかかわる方々が実践的に貢献されてきた課題の共有や,接続領域との情報共有を進めたいと思います.

もちろんこれは,土木学会論文集の分冊として「政策と実践」が発刊され,その促進が図られており,今年から特集号にも「政策と実践」のカテゴリーが加わることで,その役割は加速しています.それをさらに促進できる方策について検討を行っていきたいと思います.

 

・国家レベルの課題・問題に対して回答できる「組織」であること

社会の課題を解決するという意味では,現在の日本が抱える課題の多くは土木計画と密接に関係しています.少子高齢化,東京一極集中,社会的な格差,それは地域間格差だけでなく地域内の格差や幸福感の格差など,様々な格差の拡大などの問題なども含まれます.6年ほど地方居住で都会勤務を続けて感じることは,コロナ禍において縮小すると思われた格差が,逆に加速していることを実感します.このような課題に対して,土木計画学の立場からの貢献や,個別の研究としては数多く発信されていますが,それがまとまって土木計画学研究委員会として発信されているかというと,少し弱かったように思います.この数年のシンポジウム,セミナーのタイトルを見ても災害に対しての提言などを通じて,そのような主張が行われていますが,土木計画学としての発信はなされていないように思います.それは,本年相次いで災害に見舞われた能登半島の復興に関する議論において強く感じました.話題として取り上げられるのは,人口減少下の復興不要論や,また耳障りのいい言葉を纏いながらも実質的には復興不要論をベースとする意見を聞く機会もありました.本研究委員会での調査報告会とのギャップを感じさせるものでした.個人の研究として,地域の復興についての意見は数多く発信されているものの,それをより強力にバックアップし,個別の災害対応を踏まえながら,そもそもの復興はどうあるべきかについての主張が明確になるような発信が必要だと考えております.これは「社会的な価値」の問題でもあると考えています.災害からの復興には価値の議論が避けて通れません.土木計画は,当然正しい目的のもとで,適した手段を選択できているのかが主要な論点でありましたが,その技術論と同じくらい,価値・目的の在り方についても土木計画の中で議論・発信していく必要があると考えています.この場づくりも所信の一つとして掲げたいと思います.

ここで,五十嵐日出夫先生が1977年に「正しい土木計画とは」として,以下のようなことを述べておられます.

  • 正邪の判断は動機,目的,手法,結果の総合的観点より見るべき
  • 国民の福祉がこれからは目的となる.その考えからは土木計画手法への態度に反省すべき点がある
  • 土木技術者が計画目的を認識しないこと,特に計画の任にあたるものは計画目的の正しい認識を把握することが任務である.
  • 思想を盾とし,学術を矛とする土木計画学者は「手法」を熱烈に愛するあまり「目的」と手法を取り違えてはいけない.
  • 慣れた数学的・物理的「手法」にだけ偏執し,慣れない「手法」に毛嫌いするならば,到底鋭利有力な土木計画手法の開発は及びもよらないことになる
  • 正しい土木計画についてその手法を示そうとするものは,旧弊な土木技術信奉者から破門されるかもしれない.

価値や目的が見えないままの研究は役に立たないと考えられます.もちろん古より役に立たない学問についての論はあり,古代中国においてもそのような議論はなされています.役に立つ研究ということが,近視眼的な視点で語られることが多い昨今,役に立つ研究をと拙速に進めるのは危険ではありますが,多様な研究をこの土木計画研究委員会の場で発表し,聴衆の持つ知見と合わせることで,社会的な課題の解決につなげる可能性が高まると考えております.これは第4代土木計画学委員長の長尾義三先生が語られた「土木計画とは,多数人の理想が止揚されたものとして結実していく」ものにも相当するものであると思います.この研究委員会・研究発表会がそういった場になるよう努めたいと思います.

最後に自戒を込めて,我々が発信する一つ一つの言葉や行動が社会や人に影響を与えていると思います.さらに現実に生きる人・これから社会をつくっていく人の公共の福祉に貢献しているのだろうか,ということを常に考えられるようになりたいと思っております.

 

もとよりリーダーシップを発揮できるような人間ではなく,委員長の大役をうまく果たせるかどうかはなはだ心もとないですが,幹事の方々はじめとして,皆様のご支援を賜りますことをお願い申し上げて,所信表明とさせていただきます.

佐々木邦明

歴代委員長

  • 2024-2026: 佐々木邦明
  • 2022-2024: 多々納裕一
  • 2020-2022: 兵藤哲朗
  • 2018-2020: 藤原章正
  • 2016-2018: 屋井鉄雄
  • 2014-2016: 桑原雅夫
  • 2012-2014: 谷口栄一
  • 2010-2012: 小林潔司
  • 2008-2010: 石田東生
  • 2006-2008: 北村隆一
  • 2004-2006: 岡田憲夫
  • 2002-2004: 林 良嗣
  • 1999-2002: 稲村 肇
  • 1997-1999: 森地 茂
  • 1995-1997: 飯田恭敬
  • 1993-1995: 黒川 洸
  • 1991-1993: 吉川和広
  • 1989-1991: 加藤 晃
  • 1987-1989: 天野光三
  • 1985-1987: 菅原 操
  • 1983-1985: 鈴木忠義
  • 1981-1983: 毛利正光
  • 1979-1981: 長尾義三
  • 1975-1979: 八十島義之助
  • 1971-1975: 米谷栄二
  • 1966-1971: 鈴木雅次