石田東生委員長所信
2008年11月2日(第38回土木計画学研究発表会(和歌山))
土木計画学研究委員会の活動は,土木学会の数ある調査研究委員会の中で,もっとも規模が大きく,アクティビティレベルも最上級だと考えています.研究対象とする領域の広がりと研究方法の多様性は,土木計画学を一言で説明することが困難なくらいです.研究成果のアウトプットに関しても,年に2回の研究発表会の参加者数や発表論文数,査読付き論文の査読レベルの高さや論文数,多くの小委員会の活発な研究・調査活動,そしてこれらが研究発表会でワンデイセミナーやシンポジウムで報告され,共有化されています.これらのどれを見ても,他の調査研究委員会に引けをとらないだろうと思います.土木学会外の研究活動と比較しても,われわれはもっとも活発な研究を展開しているグループであるといっても,決して過言ではないと思います.
しかし,われわれの研究活動の社会的認知度はそれほど高くないという印象を持つのは,私一人ではないと思います.学会活動の高いレベルと,本来,土木計画学の直接の働きかけの対象である社会・地域からの必ずしも高くはない認知レベルとの差はどこから来るのでしょうか.学会活動の評価は,調査研究のインプット指標(すなわち,土木計画学研究分野の研究者数や学生数など)やアウトプット指標(すなわち,研究論文数やイベントの数)によるもので,「社会的共通資本の整備と維持を通してより良い社会・地域の維持形成に貢献すること」という私なりの土木計画学の本来の目的と価値からみた指標によるものではではないからかもしれません.そもそも,土木計画学といった場合に,「土木計画学とはいったい何であるか」という具体的イメージが社会に形成されているのでしょうか.
今年は素粒子論のフロンティアを切り開いた日本人研究者3名がノーベル物理学賞を受賞しました.素粒子論というわれわれの日常生活からかなり離れた分野ですが,物質の究極の構成要素の研究であり,ビッグバンの際の宇宙の挙動に関する理論的研究であり,紙と鉛筆,頭脳と想像力が重要であると解説されると,受賞者の方々の人柄もあって,親しみがわいてきます.また,ニュートリノに関する研究で同じくノーベル物理学賞を受賞された小柴教授の業績とスーパーカミオカンデという観測装置とも相まって,研究の具体的なイメージも形成されそうです.素粒子論の研究者数,発表論文数,学生数,学会イベント数の詳しい数字は知りませんが,国内の活動においてはわれわれの土木計画学の活動を大きく凌駕することはないと思います.社会が有する学会活動のイメージに関するこの差の来たるところは何でしょう.このことについて少し考えたいと思います.
「土木計画学とは何か?」土木計画学研究委員会の発足以来,あるいはそれ以前から常に問いかけられてきた古くて新しい問いかけです.簡単で,間違いのない回答は,「土木計画学研究委員会(委員会が企画実施している研究発表や共同研究の場)を主要な活動の場としている研究者が展開している研究活動の総体」ではないでしょうか.しかし,これは再帰的なものであり何も主張していないことに等しいものでしょう.かといって,残念ながら,われわれの中で共有されている明確な定義や説明はないように思います(前述の私の定義は,まったく私的なものであり共通認識化されているとはいえないと思います).このことと,研究成果の社会的なアピールが少なかったこととも相まって,土木計画学の目的や具体的イメージを希薄にしているのではないでしょうか.
希薄だけならまだしも,国会やマスコミにおける公共事業を巡る議論では,われわれが偏った視点にたった恣意的な議論を展開し,誤った政策決定を導いていると言わんばかりの議論が目立ちます.このような状況は,われわれだけでなく,わが国の社会資本整備にとって極めて不幸なものであり,打開すべく最大の努力が要請されます.喫緊の課題は,「土木計画学とは何か?」について,真摯に議論し,それを共有するとともに,社会に向けて色々な機会を通じて発信することです.
もちろん,土木計画学の目指すべきものは社会の変化に伴って,年々歳々,変化していきますし,変えていくべきものです.委員長所信を始められた岡田先生,そして前委員長の北村先生も,所信でこのことを強調されています.私も全く同感であり,お二人の所信の意義はいささかも失われていませんので,基本的にはそのまま受け継ぎたいと思います(委員会のホームページに掲載されていますので,是非,お読みください).
ここで話は変わりますが,土木学会の置かれている状況や目指している方向性を視野に入れることも重要です.土木学会の新たな中期計画(JSCE2010)では,国内・国際社会に対する責任・活動を重視し,公正な立場からの専門的知見の提供や,良質な社会基盤整備への貢献を重視しています.一方,学会員の減少を主因として収入が減少することが予想され,厳しい環境の中で引き続き研究調査活動を拡大・高度化し,社会と学会の要請に応えていくことが重要です.このような大きな目的と厳しい制約条件の中で,具体的な行動が必要とされます.
土木計画学研究委員会の大きさと活動レベルの高さ,2年間という任期の短さ,予算が極めて少ないことを考えると新しい研究分野と方向性を提案し,委員会をリードすることは極めて難しいと思います.私の性格によるものかもしれません.しかし,研究をリードすることに必ずしも積極的でない理由は,何よりも研究に関しては,個々の研究者の自由で柔軟な,そして活発な研究活動が大前提であると考えるからです.
以上を踏まえて,計画学研究委員会として,実践して行きたいと考える方針について提案します.議論いただければ幸いです.
方針 1: 個々の研究者による研究の追求が基本
繰り返しになりますが,土木計画学研究のエネルギー源は一人一人の研究者の自由で活発な研究であり,それが研究推進の大前提です.研究者・グループの発意がまず出発点であること再確認したいと思います.従って,研究委員会としては研究者,あるいは研究グループの活動支援を中心に考えたいと思います.これらは,主として意見と情報交換の場の提供であり,具体的には,迅速な小委員会の設置承認,研究発表会における企画セッションの充実などに,重点を置きたいと考えます.もちろん,計画学研究委員会や幹事団による調査研究活動も実施したいと思いますが,この場合も,通常の小委員会活動の枠組みの中で考えたいと思います.
方針 2: コミュニケーションの場の確保
「土木計画学とは何か?」,「土木計画学の社会的貢献とは何か?」という基本的な問いかけ繰り返し,自己の研究との関係を各自が問い続けることが,極めて重要です.この点,今年の春大会における北村委員長主導によるシンポジウムの意義は大きいといえます.非常に幅広い土木計画学の研究領域から多様な研究者が参加し,それぞれの立場から,年代を超えて,ポジションを越えて議論できたことは,土木計画学の大きなイメージを形成する上でも,また自己の研究領域の位置取りを考える上でも,研究推進のヒントを得る上でも貴重であったことは私一人の感想ではないと思います.このような機会を多く設けたいと考えます.
また,身近な情報交換の場であるホームページの改良も進めたいと考えています.論文集の再編が土木学会全体の大きな課題ですが,議論と相互研鑽のレベルを継続的に上昇させるという観点から,計画学研究委員会としての対応を考えていきたいと思います.
方針 3: 社会的プレゼンスの獲得
土木計画学研究の主要な目的が,社会的共通資本の整備と充実・強化を通して,社会・地域に貢献することにあるとするのでれば,これまで以上の社会的実践が求められ,このことが社会的プレゼンスの獲得につながるのではないでしょうか.政府は,政策決定の際に,パブリックコメント(PC)を実施することを義務づけられています.PCに積極的に応じるといった活動を強化することはいかがでしょうか.もちろん,学会としての,あるいは計画学研究委員会としての正当な手続を踏むことが前提であり,限られた時間内では実行できない可能性もあるでしょう.しかし,社会へのより良い政策決定への貢献を目指して,公正で科学的なコメントをすることが必要ではないでしょうか.この際,時間制約から有志という任意グループからのコメントも可とすべきかもしれません.また,社会基盤整備の概念も変わりつつあります.ハード施設だけでなく,ソーシャルキャピタル・PI・評価なども含んだ社会的共通資本の醸成が,参画型プロジェクトなどを通して求められていますが,このような場への組織的貢献のあり方も考えていきたいと思います.
方針 4: 国際化への組織的対応
国内だけでなく,国際的な研究交流や情報・意見交換のネットワークに必要性は論をまたないでしょう.関連する多くの学会との連携をさらに強化していきたいと思います.また,多くの研究者・実務者が来日されていまので,この機会を捉えてなるべく多くの国際セミナーを開催することも企画したいと思います.
任期は2年間と非常に短いものですが,上記の4つの方針に沿って,精一杯努力したいと思います.コミュニケーションが何をするにも大事で,第一歩であるとの考えを,最近,更に強く持つようになりました.この意味で,皆さんからの忌憚のないご意見は,なによりありがたいものです.ご支援・ご協力を賜りますことをお願いして,所信表明とさせていただきます.