桑原雅夫委員長所信
2014年11月2日(第50回土木計画学研究発表会(鳥取大学))
この度,計画学研究委員長を仰せつかりました東北大学の桑原です.私は,歴代委員長のような高い見識を持ち合わせておりませんが,どうぞ2年間よろしくお願いします.
さて今回話をせよということで,これまでの委員長の所信をHPで読んでみました.
・政策システム工学としての土木計画学フロンティアの拡大
・実社会との連携を促進して,実社会で役に立つ土木計画学に
・土木計画学の学際性・分野横断性というIdentityを再考
・国際化への組織的な対応を
など,これからの土木計画学にとって,どれも重要な方向が示されてきています.
このような中で,私がこのところ関心を持っているのは,計画学がカバーしている広範な分野の横連携です.ご承知の通り,計画学は海外の学会にはない広い分野をカバーしています.最近の土木計画学研究発表会におけるセッションを見ても,防災,維持管理,経済分析,交通工学,交通計画,公共交通,高齢者,歩行者・自転車関連など多岐にわたっています.
ただし,学問が進化するにつれて必然的に進む「専門分化」の現れでしょうが,学会でも自分の専門分野のセッション以外で,どんな議論が行われているのかほとんど知らないままにしている方は,自分自身も含めて少なからずおられると思います.
一方で,日頃関係している実務的なプロジェクトや大型研究プロジェクトでは,分野間の連携が必要であると感じられる機会も多いと思います.交通工学を専門にしている私にとっても,いくつかの経験があります.道路計画においては,その線形や車線数などがまず決められ,その後それに合わせた標識や信号制御を決めるということが一般的ですが,この線形では,どうやっても所定の交通需要を捌くことができなかったり,信号制御に無理が出てしまうことがあり,計画と設計,運用との連携の必要性を感じました.また,交通渋滞のとらえ方も,対象とする空間と時間のスケールが異なっていることが原因だと思いますが,「計画」における渋滞の考慮,「経済分析」や「交通工学」における考慮の方法が,必ずしも整合していません.
さらにこの重要性を実感したのは,東日本大震災の復興事業です.壊滅状態となった街をいかに復興するかについては,いくつかの側面を考えなければいけません.震災後の地域基盤再建総合調査団の中間とりまとめでも,「防災」という安全面に加え,「生業(産業)」,「生活」という側面の考慮が必要であることを明記しています.さらに,東北大学の同僚は,「歴史性」の考慮も主張しています.確かにその通りで,「防災」という安全面だけを考えた復興は受け入れられません.仙台平野に位置する閖上地区の再建に際しても,「防災」対「生業」+「歴史性」が真っ向から対立し,宮城県の都市計画審議会が,異例に何度も紛糾したことは記憶に新しいところです.
実は,今年の8月に土木学会長の磯部先生の声掛けがあり,土木計画学研究委員会と海岸工学委員会とが連携を図りつつあります.例の防潮堤の高さの議論です.津波外力だけに基づいた防潮堤の高さの設定は,その他の側面を考慮していません.生業,歴史性,そして避難などの減災対策を考えた場合,防潮堤のあり方は,他の側面と一緒に考えていかなければならないことです.幹事長の多々納先生を中心に計画学の関連分野の専門家が,海岸工学委員会との連携を進めてくれるものと期待しています.
私も,大震災後は主に避難支援策に関する仕事を地元自治体と一緒に進めてきました.避難を支援するための交通状況と被災状況の迅速なモニタリングと住民への情報提供,さらに避難道路,避難所,避難ビルなどの設計と評価です.これら避難インフラの配置は,街づくりをどう進めていくのかと密接な関連性がありますが,交通工学的な避難対策の検討と街づくりとの連携は,これまでは必ずしも十分ではなかったように思います.土木計画学のHPの冒頭には「土木に関する計画の分野がきわめて重要なる事態に鑑み,土木計画のあるべき姿,その問題点を検討し,あわせて計画に関する調査,研究を行うことを目的に」とあります.東日本大震災は,まさしく「計画の分野がきわめて重要なる事態」の象徴であったにもかかわらず,そこで必ずしも十分に連携できなかったことは,東北地方に身を置き,少なからず減災に関わってきた自分自身,大いに反省するところであります.
何か事が起こった時に連携が機能するためには,日頃から分野間の風通しを良くしておかなければなりません.どうすればよいのでしょうか?手始めに海外の学会を少しだけ見てみました.
計画学の守備範囲が広いことは皆さんご承知ですが,海外の類似の学協会を見ても我々とは違った範囲で,結構守備範囲が広いものもあります.
皆さんご承知のTRBには,研究テーマ別に200くらいのStanding Committeeがあります.これは計画学の研究小委員会にあたるもので,研究ニーズに合わせて会員自らが提案して組織される研究体です.Standing Committeeは,研究テーマにふさわしいメンバーを集めて,かなり自由に研究の推進と成果の発進を行えるように思います.私の専門に近いHighwa Capacity,Traffic Flow Theoryなどの他にも,Public Transport,Maintenance,Pedestrianなど幅広いStanding Committeeがあり,海外からのメンバーも参加できるようになっています.ただしTRB には,Technial Activity Councilというのがあって,Standing Committee 間の緩い連携を司っています.
ドイツのFGSV(道路交通研究協会)は,1924年に設立された道路交通に関する歴史ある学会(道路協会+交通工学研究会のような組織,道路交通だけでなく,物流,公共交通も取り込んで拡大)ですが,分野ごとにグルーピングを行って核を作り,それら核の交わりの機会を積極的に設けるといった戦略がとられています.TRBに比べると階層構造を作って,やや強めの分野間連携を図っているようです.
では,われわれの計画学にも,このようないくつかの分野別のグルーピングをすることが適当であるかどうかです.最近耳にするCommittee制がそれにあたるかもしれませんが,グループを作るということは,おそらく一長一短があるでしょう.当然ながら,研究の基本は個人の自由な活動です.その個人の活動は,グループ内での活発な意見交換によって深められ,新しいアイデアが生まれたり,応用研究に発展する可能性が飛躍的に高くなると思います.
一方でグルーピングは,それぞれのグループの独自性を保証するということにほかならず,連携どころかますます独自の活動の方向に走ってしまう危険性もあるはずです.このような危険性をどのように回避させ,プラス効果を出していくのかがポイントだと思います.
分野間の連携促進について,もう一つの可能性がある案を,いつも相談に乗ってもらうアイデアマンのA先生からいただきました.これまで学会のセッションは分野別に構成されていましたが,違う切り口でセッションを分けるという案です.例えばですが,理論セッション,実務セッションのように,セッションを方法論で分けることが考えられます.私の専門の交通工学の中にも,渋滞対策,安全評価などの実務的・実証的な研究から,交通流やネットワーク解析など理論にきをおいた研究がありますが,同じことは,防災,公共交通,交通経済などの分野でも言えると思います.したがって,同じ理論を違う分野に活用していたり,適用の対象は違っていても実務的に同じ課題を抱えていることもあるわけです(浸透理論をコンクリート分野と都市解析,追従理論を物理と交通工学で使っているケースもある).なので,セッション割を方法論ベースで行うことによって,実務的にも理論的にも,専門家同士の深みのある討論が繰り広げられるように思います.しかしながら,よく言われる理論と実務の乖離については,もちろん留意が必要でしょう.
自分自身の若い時を振り返ってみると,他の大学の方々や実務者と交わりを持つ大きな機会が,学会のセッションであったことは間違いありません.その学会セッションを分野の違った方々とも交流できる場にするというように,いわば「足元」を工夫することが一番の近道かもしれません.幸いに,計画学の春大会は,セッションの企画に柔軟性が見られます.これまでにも,企画論文やスペシャルセッション(SS)では,分野を超えた議論が行われた例もあります.このような取り組みを,さらに少し後押しできるような工夫を見つけたいと思っています.
国際化についても,このところ議論が沸いていますが,国際性を高めるための基本は,「個々の研究レベル」を世界レベルに引き上げることです.その意味でも,セッションを興味深いものにしていくことは一役買うでしょう.時間的な制約があるセッションの中だけで深い議論を徹底的に行うことは到底不可能ですが,新しいアプローチやアイデアへのヒントをもらうことや,深い議論の「きっかけ」を作ることは十分に可能です.
最後になりますが,「人には能力の方向がある」と思っています.その意味では計画学委員長というのは,私の能力の方向とは違った方向を向いているように感じていますし,そう感じられている方々も多いと確信しています.なので,委員長という大役におおいに戸惑っているのですが,本日お話した分野連携やセッションのあり方ということについても,皆様のご意見をいただきながら進めたいと思います.
今年は土木学会100周年,そして再来年の2016年は計画学50周年にあたります.不勉強ながら,委員長に就任して初めて知ったのですが,通常の仕事以外に,50周年に向けて様々な企画がすでに動いています.本日は,我々学会員の姿勢のような内向きの話をさせていただきましたが,50周年に向けては機会を設けて,土木計画学がこれまで果たしてきた役割や今後の役割など,外向きの議論も今後させていただこうと,副委員長,幹事長,学術委員長などとも相談しつつあります.みなさんのご支援を賜りながら,2年間を勤めさせていただきますので,どうぞよろしくお願い申し上げます.